考える時間はどこにでもある

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朝のひととき。

 

缶コーヒーを買ってもいいし、無料のホテルコーヒーを

飲んでも朝のコーヒータイムは変わらない。

でも、私は自宅からマイコーヒーセットを持っていき

部屋の窓辺でコーヒーを淹れる。

 

ぜいたくな時間。

コーヒーを淹れるのにはそれなりの準備と時間が

必要だから。

 何故こだわるかはシンプルな考え方。

考える時間を仕事の中心にしているから。

 

現代は何かを「覚える」とか「記憶する」という

時間が極端に絞られてきた。

興味があったり、仕事上必要な情報は昔より

入手手段、経路がとっても広がっている。

だから無理して使わない情報は覚える必要が

少なくなった。

 

もちろん、その代償はある。

情報をすぐに鵜呑みにできないこと。

情報はすぐに腐るし、間違ったものを正しいものと

信じるとひどい状況になりうる。

 

自分で咀嚼する以上に情報そのものの

検査や検証が欠かせなくなっている。

 

となると記憶する時間をもっと考える時間に

使わないといけない。

だから考える時間の捻出はかなりシビヤになった。

だからと言ってボーと考えるのは無意味。

 

何かをしながら考えるのが脳にはとっても

良い行動と今さらながら気付きました。

 

だから私の朝は忙しい。

何かをしながらだと考えも論理的になる。

一杯のコーヒを淹れる効果は大きいのです。