おもてなしのカタチとココロと
ホテルにチェックインすると枕には折り鶴。
最初に見た時に感動した記憶もありますがこれも当たり前になると
次第に薄れてきます。
今晩はそんなおもてなしのカタチを久しぶりに体験。
こういうのはホテルにチェックインのまさにその時
自分の気持ちのあり方ですから今日はなんだかうれしかったな。
あらためてこの見えないココロの伝わり方について
考えてみました。
推測ですが私が宿泊する前に清掃をされた誰かが
その仕事完了時に置かれているはず。
その方が誰なのかを知りませんし知ることも無い。
でも、その方が置いたことは伝わります。
伝わったからと言ってホテルになにか得なことがあるのか。
気持ちが良くなったから次も宿泊するのか。
サービスというカタチの見えにくい品質をどうやって
提供するか。
ココロを伝えたいといことは確かに清掃するだけでは
伝わりにくい。
だって、部屋にはいって掃除されていないと怒るけど
掃除されているのはむしろ当たり前。
だから当たり前のことをやって宿泊客のココロには残らないから
こういうものでココロを表現している。
だから、その意味があるのかな。
そんな推測しています。推測ですからこれがそのカタチの
真実ではないかもしれません。
でも。モノや空間を使う人に対する思うココロをこういう
カタチで表現するのは効果が出やすい。
そう思いました。